【雑記】留学後、職なし金なし家なし恋人なしだった2ヶ月間の話

【雑記】留学後、職なし金なし家なし恋人なしだった2ヶ月間の話

今は東京で会社員をやっていて、それなりの収入もありますが、私にも一次ドン底期がありました。(多分これからもっとレベル高いドン底期がいっぱいあると思うので、一次としときます) 未だに毎日ある程度の収入があることと家からあることに感謝している

 

おめぇこんな事でドン底とか言ってんじゃねぇと思われると思いますが、メンタル豆腐なんです許してください

 

 

はい さてさて、

 

それはオーストラリアの大学院も無事卒業して、その後の3ヶ月インターシップも終わり、帰国が迫っていた時でした。

 

その時は、とにかくもう日本では働きたくなくて(前職のトラウマがあって怖かった)、なんとかビザを切り替えてインターンシップ先に残ろうとしてました。つまりワーホリビザへの切り替えの為に一時帰国して、また戻ってこようという計画だったんです。

 

なんですが、

 

帰ってから、日本で1ヶ月間 なーんもすることがありませんでした。お金も底を尽きていたし、みんな働いていました。

 

もともと真面目すぎて損する性格の私。

 

不思議なことにものすごい焦ってきちゃうんですよね。自分を責め出して、働かなきゃ!と。お金もなくて、実家はとても狭いので、居心地が悪くて、親にも申し訳のなさでいっぱいでした。

 

あと自分の選択への疑問もあって、 せっかく1年間全力で頑張ったのに、また半年プラスでバイトとインターンで何してるんだろうみたいな感情がふつふつと。

 

なんというか昔から一旦止まってしまうと、何かに取り残されるような感覚が恐怖があるんです。必死に周りに追いつかなきゃみたいな。

 

今考えると、別に人生の内の半年くらいゆっくり海外でバイトでもして暮らせば良いじゃんって思うんですけど、その時は、あまりそういう意識はなく、迫り来る労働からとにかく逃げたくてワーホリという選択肢を選んでたんだと思います。 笑  やー我ながら真面目すぎる。(いや 真面目なのか?) 逃げてもいいのにね別に

 

まぁとにかく そのへんがモヤモヤしすぎたので、なんとなく行動に移してみようと思い、リクルートエージェントの方に相談してみました。

 

そしたら、多分転職するなら今しかないよ!冬にどうなってるかわかんないよ!などとはっぱかけられ、より焦る自分。笑  あー今思えばあんなん営業トークだった…  

 

オーストラリアに残るか東京で転職活動するか死ぬほど迷いましたが、結局オーストラリアをやめたんです。 (猛烈な親の反対もあった。実家は貧乏なので金がない)

 

オーストラリアのスローライフサイコーとか思ってましたが、日本に戻ってきてやっぱりとことん真面目クソ野郎ということに気づいたんですよねぇ… 

 

そしたら迫り来る現実: 転職プラス東京への移住

(なぜ東京かというと前職のトラウマで名古屋では働きたくなかった)

 

そしてダブルパンチで遠距離恋愛中の彼氏に振られる事件 笑 

(その後無事復縁)

 

人生で初めてすごく好きな相手に振られてパニック そして 無職!そしてNo money! 

 

とにかく猛烈に不安で泣きながら東京行きの新幹線に乗り、地元の後輩にお願いして1ヶ月だけ泊めてもらうことになり、そこからはダンボール机で必死に履歴書と経歴書作り その時もあまりに将来が不安すぎて毎日号泣。笑 

 

転職活動って自分が想像してたよりも大変でした。ずーっと行きたかった業界の面接に進んでも、なんだか違うことに途中で気づいて一から路線変更してみたり… そうするとまた一からやり直しで。その作業を友人宅の玄関で必死に考えて考えて履歴書と経歴書練り直し…の連続。目の前が真っ暗でした。

 

書類も送っても全く返事がない企業ももちろんいっぱいありますしね。本当に焦って焦って仕方がなかった。仕事がない 何もない 将来が見えないって結構な恐怖だった。あのキラキラだった大学院生活はなんだったのーーーーーーって。

 

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はい、そして期限の1ヶ月が終わるころにギリギリで今の会社に拾ってもらい、その日にシェアハウス契約してその2日後に何も持たずに引っ越ししました。

 

親に頭下げて数万円を食費にあて・・

 

そんなこんなで、仕事を始めてからは社会との繋がりも増え、ある程度のお金も手に入り、なんとかすうぇさんとも復縁し (アホ)今は東京の隅っこで静かに大人しく暮らしています…

 

 

あの時助けてくれた後輩ありがとう

今度ラーメン奢るわ